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一雨ごとにの “一雨”が途方もない台風ばかりというのもいかがなものかというこの年で。
真夏のあの酷暑の記憶があっという間に塗り替えられた怒涛の九月も末となり、
そろそろ金木犀の香りがどこからともなく届くだろう頃合いのヨコハマにて。
「…っ。」
「何だ、何処での騒ぎだ、これは ?!」
突然、物騒な銃声や炸裂音が轟くという、
どこぞの三流活劇映画のような騒動が捲き起こり。
世界的にも有名な級の、瀟洒な高層ホテル内は、
各種テナントも入る1階ロビーを中心に
上を下へという級で 主にゲストの皆様が浮足立っての騒然としている。
吹き抜けになった高い天井まで満ちんという勢い、
女性の悲鳴や子供の泣き声も聞こえる中、
一斉に出口へ向かう人々の流れを落ち着かせつつ、
ホテルマンたちは何とか冷静にと対処に奔走しており。
「警察に通報を。」
「お客様を誘導して。」
騒ぎが起きたのは、貸し切りとなっていたホテル自慢のガーデンテラス内。
そこだけで独立した施設として成り立ちそうなほど
広々としていて荘厳に整備されており、花々や木々の管理状態も優秀な空間で。
普段は一般客へと開放しているが、今日は朝一番からとある名士名義で予約されていて。
大人数を招いてのガーデンパーティーだの、ウェディングだのを催していたわけじゃあない、
プライヴェートな会合とのことで、護衛も自前で用意していらしたため、
特別階層の方々ゆえのプライバシーを優先し、さほど厳重な警護を敷いてはいなかった。
とはいえ、ホテルという自治区的敷地内での騒乱は責任問題を問われること必定。
なのでという最低限の…レベルとしては公的機関も恐れ入る
顔認証だの動作認証だのという不審者対応のシステムも導入したセキュリティは備えていたが、
相手だってそのくらいは想定済みだったものか、
どうやって持ち込んだのやら、
銃や爆発物が炸裂する物騒な物音が間断なく轟いていて。
人払いしてあったことを幸い、
無関係だろうゲストらをよりロビーやテラスから引き離す誘導をしつつ、
直近の警察へ連絡を取るスタッフの皆様を尻目に、
「逃げんじゃねぇよっ。」
「うわぁっ。」
サバイバルナイフという代物だろうか、やたらいかつい刃物を振りかざし、
必死で退避しようとする壮年夫婦と、
その間に挟まれ なけなしの楯になってもらっているヒョロヒョロした御曹司様へ、
ハロウィンの亡者よろしく襲い掛かる賊輩の面々だったが、
「ぎゃぁあっ!」
悲鳴を上げるはことごとく襲撃者のほう。
生け垣や茂みを邪魔ともせず、
とはいえ、ところどこでは切り裂きもしつつながら、
命ある生き物のような自在さでの縦横無尽、
風を切って宙を滑空してくる幾重もの漆黒の刃に。
得物を裂かれ、腕足を切り刻まれと、
居丈高にがなった次の瞬間にはもう、
そりゃあ呆気なくも叩き伏せられ転がされている。
人知を超えた不可思議現象、手妻のような魔物を操る青年一人で、
既に何人もの刺客を畳んでしまっている上、
「芥川先輩っ!」
「兄人、こっちは任せろっ。」
何処に潜んでおったやら、黒蜥蜴であろうマフィア側の黒服の武装部隊が、
首領配下のSP班の加勢にとなだれ込んでおり。
結果、ほぼ圧倒的に漆黒の護衛陣営の方が優勢という形勢は揺らぐことなく、
所轄の市警や軍警の手の方々が神妙にお縄に付けと躍り込んで来たころには、
さほど遅れたわけじゃあなかっただろうに、それでも現場の騒乱はほぼ収まっており。
茂みのところどころが無残にも蹴破られたガーデンテラスの其処此処には、
それは手際よく拘束された襲撃犯が何人も転がされ、
あくまでも社長をお守りしたまでですという、
名誉の負傷を負った某コーポレイション配下の護衛の何人かが
仲間に支えられて居残っていただけという肩透かし状態だったらしく。
武装は特殊警棒だけという身の彼らには正当防衛が加味されようから、
一応の事情聴取はなされようが、大した咎めは下りないに違いない。
「二人とも、こっち。」
にぎやかだった割に負傷者も損壊被害も目を覆うほどのことではなく。
とはいえ、その突端の大音響といい、一般の人々が集まる場であったことといい、
あまりに派手で判りやすい騒ぎだっただけに、
ポートマフィアの首魁殿には、物理的にも社会的にも逃げようへの心得がしっかとお有りであろうが、
相手側の、元 某総合商社代表取締役、現在はご隠居こと大御所様におかれては、
その身の上を隠しようもないままに、
何だかよく判らないテロ騒ぎへ巻き込まれたと騒がれよう。
「どうしてこのような とってつけたよな突飛な策を講じたのだ。」
この騒動のある意味での主役、
護衛役としては申し分なく立ち働いた芥川龍之介は、
実は男であったのだという新事実を居合わせた顔ぶれへ植え付けたまま、
首尾よく撤退して来ており。
何と言っても“指名手配犯”であるが故、
男だろうが少女だろうが現場で他の有象無象らと共に捕縛されかねぬ…というのは
ちょぉっと理屈がおかしいかも知れないが。
これも最初の手筈のうち、
いつの間にやら至近まで寄っていた虎の子ちゃんに外套の袖を引かれ、
軍警がなだれ込んでくる前にと、首尾よく撤退していたものの。
太宰が待ち受ける車まで戻ってくると、
辛抱たまらずという体で開口一番に問うたのが 先の一言だ。
「彼の人と同じ人物だというのなら、
貴女とてこうまで埃の立たぬやりようも思いつけたはず。」
打ち合わせの折もちょっと飲み込みがたい箇所が多い策で、
実際にその渦中へ立てばやはり雑なことこの上ない代物であり。
日頃からも修羅場に立つことの多い芥川にすれば、
騒動の制圧自体は苦もない仕様ではあったれど、
派手だったそれだけ判りやすい三文芝居でもあって。
男の芥川を連れて来て、本人に間違いないだなんて言い張った中也嬢だとて、
もしも鴎外氏が “こちらの出した答え”へ聞く耳もたねば
幹部と言えど彼女もまた身柄ごと危なかった運びだろうにと。
今になってそこへと気づき、彼らの今後を恐れて ついのこと口利きが荒い黒獣の主くんへ、
「言ってくれるね。
でもね、向こうでも多少の差はあるやもしれないが、同じ騒ぎが起きているのだよ?」
こちらはあくまでもマフィアの陣営じゃあないのだからと、
芥川が乗り込むととっととボックスカーを発進させる太宰であり。
女だてらに、しかもあの太宰にしては慎重なハンドルさばきで大通りまでを出て、
後部座席から抛られた非難へ しれっとした声で返答を返す。
この子が案じているのは、中也を始めとする 勝手を働いた顔ぶれへの処罰だろうが、
そんなところまで、それこそ知ったことじゃあないと思っておいでの女傑殿。
彼の言いように、らしくない無様を誹謗する云いようも感じたが、
言いたきゃ言えばと、そちらは逆に 不敬と取らず大目に見る所存。
だってキミへと同じ思い入れがあるならば
向こうの私も同じくらい慌てふためいたのだろうから。
なので、向こうでも大差ない騒ぎになっておろうよと
妙な理屈ながら、大威張りで言い返せる軍師嬢なのだろう。
そんな詳細までは語らぬものだから、微妙に殺伐とした車内になりかかったものの、
「太宰さん、蛇行運転は却って追手が付いちゃいますよぉ。」
共に逃げてきた敦嬢が、
酔いそうだと黒獣の主にしがみつきつつ可愛らしい非難の声を上げ。
ああそうだったねと黒の師弟にも苦笑が洩れ、
とりあえずは逃走に集中しようと落ち着いた面々だった。
◇◇
そもそも自分がこんな段取りに気づいたのが、実はほんの数日前のこと。
それも、問題の御曹司への脅迫があったという報から
武装探偵社への護衛の依頼が来た時点でだというから穿っている。
通り一遍の調査では足りないだろう、御曹司さんのご実家の 裏社会での評判を探るうち、
ポートマフィアとの関係も暴かれたその上、
どうもきな臭い接触が為されている気配だとあって、
太宰がわざわざ乗り出してやっと嗅ぎ出せた事態だったのであり。
“…あんの因業ギツネっ。”
それでなくとも突飛な縁組話、
関係各位が微妙に表世界に交わっている話なだけに、
まだまだ隠れ蓑として利用はしたいという事情もあって、
仄めかしという程度であれ、鴎外氏が自ら噂を流すわけにもゆかぬ。
なので太宰もこうまでギリギリに至るまで気が付けなんだという順番なのであり。
もしかして あの個展へのご子息襲撃事件こそ、
裏で鴎外が糸を引き、太宰に何かしら気づかせんとした仕込みだったのかもと、
そうまで疑ぐられ、胡散臭いと振り返られてもしようがないほど、
ややこしい拗れようをした二人でもあるのが伺える。
「誰の手になるものかも判らない水をも漏らさぬ完璧さ、
即妙洒脱な手配であればあるほど、
ポートマフィアに首輪をつけようとして失敗したこの結末から
あの悪魔のような女は健在なのだと、証拠なんかなくとも裏社会には広まってしまう。」
公の公判へ持ってくわけじゃあないから尚のこと、
そういう矛盾した、でも揺ぎ無い事実となって
私の仕業だと拡散してしまおうから、
それってもしかして、
まだ森さんの秘密兵器であり あの因業ギツネのことを守ったように思われるのは癪じゃない?と
養い親へ相変わらずの辛辣な言いようをする太宰で。
「判りやすいドタバタな方が、
誰の仕業で“何が”破綻したかは表向きに有耶無耶に出来るってもんでしょう?」
末の息子に縁組話が持ち上がってたって報は薄々広まってたにせよ、
相手がどこの何物かまでは結局不明なのだし。
此処まで派手な騒ぎが起きちゃあ、
当分は警護が要るだろう対象という方向であれ警察の眼も向くだろから、
そんな突飛な話を進めるわけにもいかず、お流れとなったは間違いなく。
『勿論、自分で言ったような 水をも漏らさぬ対処もこなせる奴だが、
裏社会は証拠が要らない分、その仕様で誰がやったかはすぐ割れるし
健在なりやという声明の代わりにもなる。』
なので、証拠をもって警察に手配される落ち度にはならぬが、
裏社会じゃあ警戒されて余りある所業なのだと、
のちにそうと加筆説明をして下さったのが先達の中也であり、
『そういう、正攻法の逆を目指すよなやり方ほど、彼奴の得意分野だからな。』
探偵社への正式な依頼でなし、ましてや軍警がらみな対処でなし。
きっぱり私情だからということで、
それはにこやかに楽しげに、大雑把な騒ぎを巻き起こしているものと思っていた。
そうは見えるが、その実、
足はつかぬよう、慎重に急襲サイドへ接触していたのだろ、
だとすれば、褒めちゃあいかんが狼藉者らを集める手際は大したもので。
角が立たないよう、誰のどういう手引きかは突入した当事者にさえ知られぬよう、
どんなアクシデントが挟まろうと
大筋に破綻がないようにというフォローも完璧な仕儀を構え、
何時とった杵柄なのやら、周到に事を運んでいたらしく。
探偵社への警護依頼に対する仕込みもこなしつつ、
冗談抜きに誰にも知られぬまま、
水面下で三面六臂の活躍を余儀なくされていたということか。
「…。」
となれば、らしくないどころじゃあない、
むしろ本領発揮の最たる仕業をやってのけた彼女であり。
そうなのだというのが、そこはこちらも裏社会で様々な難儀を掻い潜った身、
遅ればせながらの何とはなくながら
見た目の派手さだけじゃないあれこれが内包されてた運びらしいこと、
芥川にもやっと判ったか。
駄々っ子のそれのようだった視線がゆるゆると しおれ、
今度は感嘆の滲む視線が向けられているの、
昨夜の私とちょうど逆だねと思うたか、面映ゆげに片頬で苦笑して応じた太宰嬢。
敦ちゃんはすぐにも迎えに来た中也へ引き渡しての二人きりな空間にて、
丁寧な手際で入れた紅茶をソーサーに載せて差し出しつつ、
「そっちの太宰がどういうつもりかまではあいにくと私にも判らないけれど、
私はただ…。」
「??」
言いかけて口許がほのかに食いしばられたのは、
胸の内へ沸き起こった想いが
らしくもなくの ちょっとばかし無垢なそれだったから。
“のんびりと狡猾な手管を思いめぐらせるような余裕なんてないくらい、
実のところは焦りまくってたんだからね。”
不意に言を斬った姉様へ、
どうかしたのかと小首を傾げ、身を倒すよに覗き込んで来かかった黒獣の青年へ。
パッと顔を上げ、その勢いでたじろがせると、
「言〜わない。」
「む。」
悪戯っぽく笑って見せたが、
それこそ言いくるめられるものかと
眉間へしわを寄せ怪訝そうな顔になった黒の青年へ、
「別にそっちの太宰を庇うわけじゃあないよ、ホントに同じなら暴露してやってもいいくらい。
でも、今度こそ 内情的にはこっちとそうまでシンクロしちゃあいないのかも知れないしね。」
自分のカップを持ち上げると目許を伏せて気に入りのフレーバーを堪能する。
いかにも落ち着いた素振りなことへさえ疑りの目を向け、
「まことか?」
「さてねぇ、断言はできないねぇ。」
「おい 」
焦れたかついつい不遜な言いようをする芥川なのを咎めもせず、
ふふーと優越感たっぷりの笑みを見せ、
「武士の情けで言ってあげない。
第一、私と同じ口八丁な奴ならば、何とでも言い抜けちゃうよ?」
「う…。」
ほっほっほと余裕の笑いようをされ、だがだがその通りなのも判るので。
芥川としては手玉に取られた感は拭えぬまま、だがだが引き下がるよりはなく。
困惑気味に渋い貌になった、別世界のお弟子くんを見やり、
“私としては、森さんの最適解が身に迫って怖かっただけさ。”
というか、私としたことが、
この子の火力でさえ、あの合理主義の権化には使い捨ての駒に過ぎないかもって
そうじゃないって言える確証はないってことを見過ごしてたんだっていう
自分の甘さを思い知らされた。
“つか、私より老人だものなぁ。”
見越す先の伸びしろが短くたってしょうがないってもんだよね、と。
それもそれで結構失礼千万な要素を、
いやいや馬鹿にしたもんじゃあないと本気でこれからは織り込まないとねぇなんて、
しみじみと思い知ってる知恵者の姉人だったのでありました。
to be continued.(18.09.26.〜)
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*こちらの森さんは確か女性ってことにしてましたが、
広津さんはどうしましょうかね。
あのロマンスグレイを女性に置き換えるとどんなタイプになるのか、
もーりんでは想像力が追い着きませぬ。
*冗談はともかく、
どちらの太宰さんも同じようなことを案じて焦燥し、
日もないこと、こんなドタバタした策を選んでしまったという流れは同じなわけで。
ややこしい話を2回もお読みくださって、ほんに申し訳ありません。
しいて言えば、こっちの敦ちゃんが天然さ5割増しに書けたのが楽しかったなぁvv
あとはエピローグでございます、もうちょっとお付き合いのほどを。

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